NAVA会は「人物デッサン・クロッキー」を中心とした活動を行っていますが、
参加メンバーは普段、水彩・油彩・造形など、さまざまな創作活動を行っています。
このギャラリーでは、例会で描かれた作品に限らず、会員のみなさまの普段の制作作品も紹介しています。
年齢や体調、生活事情などで例会への参加が難しい時期があっても、
作品を通してNAVA会とのつながりを持っていただける場所にしていきたいと考えています。
手前の鮮やかな草花から、奥の雄大な雪山へと視線が広がる構図が本当に素敵です。
特に、静かな湖の水面に、険しくも美しい山並み(山嶺)が鏡のように綺麗に映り込んでいる情景が一番印象的だったので、その美しさをそのまま言葉にして『山嶺を映す湖畔』としました。
起筆:NAVA会スタッフ
デッサン会に参加し始めて間もない、今この瞬間にしか描けない「初々しさと純粋なエネルギー」が満ちあふれた作品です。
技術的な計算や立体感にとらわれない平面的で素朴なタッチが、かえって描き手の嘘のない初期衝動をストレートに伝えています。
これから踊り出すポーズの強い主張と、飾らない素直なタイトル。ここから始まる表現への一歩が、温かく、力強く刻まれた一枚です。
起筆:NAVA会スタッフ
青く静かに横たわる肉体は、いつしか果てしない地平線へと姿を変える。
その下半身を伝い、激しく、しかし美しく溢れ出すのは、これまでに積み重なった言葉にならないほどの溢れ出す涙。
人は、自らの内にすべての悲しみを流し切ったとき、初めて本当の強さを手にする。
背中に差す一筋の黄色い光に導かれるように、肉体は静かにねじれ、未来へと動き出す。
それは、過去を拭い去るためではなく、ただ「振り返ることなく前進する」ための覚悟。
暗闇から光へ、悲哀から希望へ。
古い自分を脱ぎ捨て、新しい旅路へと踏み出す、その奇跡的な「一瞬の狭間」を描いた物語。
私たちの人生には、予測もつかない『思いがけない出来事』が突如として訪れる。
それは時として、言葉を失うほどの悲痛さや、耐え難い孤独となって心身を襲う。
この作品に宿るウルトラマリンの鋭い青とアンバーの光、そして硬直したポーズは、その予期せぬ衝撃に直面し、ただ一人で痛みに耐え忍ぶ人間の生々しい姿である。
同時にこの絵は、描き手の意図を超えた「色彩の偶然」によってこの緊張感を獲得した。
画面の上でも、人生の上でも、コントロールできない『思いがけない出来事』こそが、最も純粋で、剥き出しの真実を暴き出す。
背景のない真っ白な余白のなかに、そっと身体を丸めて横たわる人物。
鉛筆という画材が持つ特有の削られ、すり減り、いつかは消えてしまうを宿したモノクロームのグラデーションは、外の世界で擦り切れた心がじんわりと回復していく静かな時間を描き出している。
立体感ではなく平面的な表現によって、肉体の生々しさは消え、まるで現実と夢の狭間に浮かぶ純粋な精神のカタチのようでもある。
誰かにかまってほしいわけでも、同情を求めているわけでもない。ただそこに在るだけで、自らの体温を確かめるように落ち着きを取り戻していく、極めてプライベートで尊い「癒しのプロセス」を内包した作品である。
窓辺から差し込む、ぽかぽかとしたお日さまの光。
がんばっていたお仕事や家事をふっと横に置いて、からだを丸める至福のひととき。
水彩の透明なベールと、パステルの柔らかなぬくもりに包まれて、こころも体もゆっくりとほどけていきます。
ずっとじゃなくて、ほんのすこしだけ。
目が覚めたとき、世界がいつもより優しく見えるような、日常のなかで一番贅沢なリフレッシュの時間です。
現代の冷たい無機質さや喧騒(けんそう)とした日々、確かな人間の体温を描き出した作品。
胎児のように丸まる無防備なポーズは、傷ついた心を自分の体温で癒そうとする、純粋な自己再生の姿です。
どっしりとした安定感(沈着)を与える下部の青色と、上部から降り注ぐオレンジや黄色のぬくもりが絶妙な調和を生み、画面全体がひとつの「心のシェルター」として機能しています。
誰の目も気にせず、ただ自分を愛し、満たすためだけの「私だけの、優しい時間」がここに表現されています。
「瞑(つむ)る身体」
10分という短い制限時間の中で、モデルの肉体の量感をめいっぱいに追いかけたクロッキーです。
綺麗に整える暇もないほど、必死に引いた一本一本の線。だからこそ、計算ではない「そこに生きている人間の迫力」や、自分と深く向き合うモデルの静かな熱量をそのまま閉じ込められた作品。物質としての重みと、精神の静けさを『瞑る身体』という言葉に込めました。
ただ静かに、何気なくそこにいる人。
何かを悩んでいるわけでもなく、ただぼんやりとしている。
けれど、そこから醸し出されるオーラには、理屈抜きで惹きつけられるものがあった。
木炭を握り、足先から全身へと、その量感をじっと追っていく。
形を描くごとに、その人がそこにいるという「ずっしりとした存在感」が手を通じて伝わってきて、私の気持ちまで激しく揺さぶられるような時間だった。
それは「好き」や「嫌い」という感情の手前にある、人間という存在への純粋な興味と、深いリスペクトだったのだと思う。
わずか10分間のクロッキー。
削ぎ落とされた線のなかに浮かび上がるのは、内面へと深く沈み込んでいく女性の姿。
自身のぬくもりを確かめるようなポーズと落とされた視線が、
張り詰めた時間のなかで、本当の自分を取り戻していく「リセットの瞬間」を写し出す。
「感情の錯綜」(さくそう)
茶色い紙の上に、パステルと炭のダイナミックなタッチで描かれた横たわる人物画。
顔を覆う姿からは悲しみや孤独が伝わりますが、身体の鮮やかな『黄色』は内なる生命力を放ち、背後の『ブルー』は嵐のあとの静寂や夜明けを予感させます。
絶望と希望が激しく入り混じる「感情の錯綜」を、5分クロッキーならではの圧倒的なライブ感で捉えた、秘めた強さを持つ美しい作品です。
華やかな舞台の喧騒(けんそう)から離れ、一人きりになった楽屋での瞬間。
柔らかな光が当たる背筋の美しさと、背後に広がる深い影のコントラストが、一人の表現者の内面を映し出します。
陰影の中に溶け込む彼女の背中は、心地よい疲れを癒しているようにも、静かに傷を癒しているようにも、あるいは孤独と向き合い明日への力を蓄える静寂の時間にも見えます。
この物語の答えは、作品を見る人の心に委ねられています。
うつむき、頬杖をつく女性の姿から漂う、微かな孤独と寂しさ。
あえて選ばれた青緑色(ミント・グリーン)の背景は、冷たい悲しみではなく、傷ついた心を静かに癒し、もう一度前を向くための、優しく愛おしい再生の温和な空間を表現している。
周囲にはいつもの「平気な顔」を見せながらも、自分だけの時間の中では、誰にも邪魔されずに傷口を癒していく。
そんな静かな再生の時間を描いたデッサンです。
淡い色彩のなかに流れる、ある日の昼下がり。目を閉じ、ただそこにいることの心地よさに浸る。
誰にも邪魔されない、私だけの贅沢で愛おしい、ひととき。
しんしんと静まり返った深い森の奥。
雲晴れの柔らかな光が差し込むシチュエーションで、心地よく身体を休める女性を描いたデッサンです。
エメラルドグリーンの瑞々しい色彩と穏やかな表情が調和し、見ているこちらの心まで優しく解きほぐされていくような、深い安らぎを与えます。
「愁う(うれう)」という言葉の持つ、深く静かな情緒が、落とされた視線や物憂げな表情と完璧に響き合っています。
台に預けた身体の重みは、言葉にならない思考の重さそのもの。
閉ざされた部屋の静寂のなかで、何度も重ねられた鉛筆の迷い線は、割り切れない心の揺らぎを表現しているかのよう。
落とされた視線が、部屋に満ちる濃密な静寂をよりいっそう際立たせている。孤独がしっとりと満ちていく、その一瞬を捉えた作品。
台に肘をつき、静かに物思いにふける女性を描いた作品。うつむく表情や体を預けるポーズからは、ただ疲れて休んでいるのではない、自らの甘やかな思考の世界に深く浸っているようなストーリー性が立ち上ります。木炭の柔らかな階調がもたらす光と影は、画面に心地よい緊張感と詩的なムードを演出。ただ暗いだけではない、「美しさとしての孤独」や、どこか古典絵画のような「ロマンチックな情愁」が、観る者の心を静かに揺さぶります。
シンプルな面と輪郭線で捉えられた、女性の美しい背中のカーブ。
背後に配置された鮮やかな緑のクッションが放つモダンなコントラストは、柔らかな肌の色を引き立てる心地よいアクセントとなっています。
アンリ・マティスの色彩世界を彷彿(ほうふつ)とさせる、画面に静かで心地よい調和を生み出した現代的な裸婦像です。
誰の目も気にすることなく、ただそこにある台座へと自らの質量をすべて預ける。
人ではなく、物へ身を寄せるからこそ得られる、絶対的な安心感と孤独の心地よさ。
右肩へとどしんと落ちていく重みは、張り詰めた日常から身体が完全に解放された瞬間の証。
鉛筆の確かなストロークが、静かで濃厚な休息の時間を描き出しています。
秋の夜に、ふっとリラックスして休んでいるような、何気ない日常デッサン。
飾らない日常のひとコマと、静かな表情の奥にある優しさを鉛筆の柔らかな陰影に込めています。
うつ伏せになり、顔を伏せたポーズ。あからさまな表情は見えないにもかかわらず、そこにはモデルの最も嘘偽りのない「素顔」が描き出されています。
静かに横たわる身体の内側から滲み出る、密やかな生命のエネルギー。言葉を超えた肉体の語りかけに、息をひそめて耳を澄ませたくなるような、秘めやかな美しさ。
涼しい夏の日に、ふと訪れた静寂。
白く美しいお顔が見せる穏やかな表情と、大きくねじれた身体が秘める極限の緊張感。
『白鳥の湖』の舞台を連想させるような、優雅さと緊迫感が同居する「静と動」のギャップが、涼やかな夏陰(なつかげ)の中でしなやかに描き出されています。
夏の朝の澄んだ光(黄色)と、ひんやりとした水の表情(青)のグラデーションが本当に美しくて、見ているだけで重力から解放されるような浮遊感を感じました。
画面にその姿は描かれていないけれど、この澄んだ空間に心地よい風が吹き抜けて、チリンと静かに音が鳴るような……そんな明るい静けさが満ちています。
重力から解放されてたゆたう身体は、まるで風に揺れる風鈴のようです。
クラフト紙の持つ素朴な地色を大胆に活かし、パステルチョークを用いて描かれた裸婦素描。上半身のひねりが生み出す肉体のダイナミズムと、背に受ける鋭い光のコントラストが、一瞬の生命の躍動を捉えている。荒々しくも的確な輪郭線や、陰影に潜む繊細な補色の美しさは、ドガの系譜を思わせるクラシックな技法で、生命の生々しい一瞬をサッと切り取った、臨場感あふれるライフドローイング作品。
サヴァーサナ――意識を保ったまま、すべてを大地に委ねるリセットの時間。
胎児のように身体を丸め、手のひらから伝わる自らの温もりの中で、深い静寂へと沈み込んでいく。
静謐な一瞬を切り取ったデッサン。
「緊張」と「安心」。
全身の力がふっと抜けた瞬間を、優しく丁寧な線画と、淡いベージュやピンク系の水彩によって、肌に溶け込むかのように優しく描き出しています。
あえて影を強く主張させないクリアな色彩が、モデルの肌のぬくもりや、空間に溶けていく優しい息づかいをリアルに伝えます。
「ふぅ……」という小さいため息が聞こえてくるような、切なくも心地よい余韻に満ちた作品です。
眩しい太陽の光とその影。その真ん中で、身体はまだ夢の余韻を残しながら、確かに目覚めようとしている。
躍動感のあるねじれたポーズと大きく広げられた腕は、静止している中にも強い生命力の余韻を響かせます。青と黄色の鮮やかなコントラスト。それらが織りなす明るく開放的な空気感は、見る人に「目覚め」という普遍的で力強いエネルギーをストレートに届ける。
手のひら一枚で外の世界を遮断し、自らの内にある「わだかまり」と対峙する瞬間。ベッドに沈み込む肉体の重さは、そのまま思考の重さでもある。
鉛筆の力強いモノクロームの濃淡だけで、人間の生々しい呼吸と倦怠感を捉えた一作。
暖色の光に照らされた肉体と、鋭く研ぎ澄まされた眼差し。この作品は、一見静かな夜のひとときに、内面で激しく渦巻く「強い意志」と「葛藤」の臨界点を捉えています。外には見せない、胸の奥底に閉じ込めた『潜熱な気持ち』が、線のひとつひとつから静かに鳴り響くような一
一日の終わりに、衣服とともに日々の緊張や役割をそっと脱ぎ捨て、本来の自分へと戻っていく解放のひととき。画面に広がる明るい色彩は、夜の静けさと心と身体の温もりの対比
お盆を過ぎた、ある暑い日の午後。熱気としんとした静寂の中で、物思いにふける女性の姿を描いた淡彩画です。
淡いブルーやパープルの陰影、そして背景の柔らかなイエローが、夏の終わりの少し傾きかけた重い光を表現しています。
視線を外し、何かをじっと見つめる彼女の表情。物憂げな情緒、芯のある強い意志を感じる存在感を放っています。
ゆく夏を背に、颯爽(さっそう)と立つ去りゆく夏の気配を背中に受けながら、ただ静かに佇む後ろ姿。
何気ないポーズの中に、腰の後ろで結ばれた手だけが、次の季節へ向かう小さな決意を雄弁に物語っています。
飾らない自然体な美しさと、そこに宿る凛とした強さを描いたデッサンです。
お盆を過ぎ、夏の賑やかさが遠のく季節の静けさと、その中で凛と立つ人物の「内なる強さ」を表現した素描(デッサン)作品。画面の右側をそっと見つめる強い表情やポーズには、静かで内省的なストーリー性が漂います。去りゆく季節の切なさと、ひぐらしの声にそっと耳を澄ませるような・・・。
タイトル『飾らない立ち姿』の通り、ここには美化はなく、一人の人間としてのリアルな息遣いがあります。華やかさとは無縁の黄色と青という対照的な色彩、しかし決して色褪せることのない、モデルの心理的な陰影までも感じる表現。人間の本質的な美しさに触れられる一作。
「泥」という物質的な重さと、そこから息吹き始める「美」という抽象的な光の対比。未完のふくよかな肉体が持つ孤独感や生命力を、手の中で感じながら制作しました。
画面全体を包む優しく細やかな色彩の重なりや、光が揺れるような質感がまさに印象派のパステル画を思わせる作品。
「裸形(らけい)」という即物的。
「かわいた風」という言葉から無駄な装飾がない様子。
絵の持つシャープな横顔のラインや、洗練された余白の美しさに完璧に調和。
「日向」(ひなた)にいる女性。鉛筆画の持つ柔らかい質感や、少し切なくノスタルジックな空気感
「夏木立(なつこだち)」という言葉。力強い黒いタッチや背景の深い陰影を、青々と生い茂る夏の木々の生命力や濃い木陰を重ね合わせた作品。
絵の背景にある淡いブルーその可憐な「露草色」の情緒と重なり、何かを想う女性の佇まい。
和の伝統色の響きと女性の物憂げで愛おしそうな表情が、言葉のなかに美しく溶け込む。
F20号の大画面に「100分間でどこまで描き切れるか」という限界に挑んだ一作です。幾度もの描き直しとやり直しを経て、後半のわずか2回でようやく辿り着いた色彩。猛烈な暑さのなかで、現実と夢の境界が溶けていくような気だるくも生々しい空気感を、掴み取った光と影のコントラストに込めています。
有栖川記念公園内の小さな谷にかかる橋を描いた作品。
有栖川記念公園内の小さな谷にかかる橋を描いた作品。
なし
2023年「いつか森に帰る」P100 白日展
概要:2019年「はじめからわかっている」P10
第2回K写実絵画コンクール入選
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